「面白い」と思えるテーマを大切に

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新入生諸君、志を持ってほしい 

池上彰
 
コラム(ビジネス)
2018/5/14 2:00
日本経済新聞 電子版
  

 

 大型連休が終わり、大学生のみなさんもキャンパスへ戻ってきたころでしょう。今回も「大学で学ぶ君たちに」というテーマで行った新入生へのメッセージを紹介します。文系、理系に限らず、自ら学ぶこと、生きていく志について考える機会になればと思います。

「面白い」と思えるテーマを大切に

 東京工業大学には、2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞された大隅良典栄誉教授がいらっしゃいます。受賞前、ご自身の研究内容について説明していただいたことがあります。

 大隅教授によれば、「いつか何かの役に立つ」とか、「ノーベル賞級の研究に」とか考えて研究に没頭してきたわけではないというのです。研究テーマ選択の理由は「面白いから」。研究者として、とことん調べたいという気持ちを大事にされていたのです。

 

「好きなことを学ぶ気持ちを大切にしてほしい」。講演する東工大の池上彰特命教授(4月5日、大岡山キャンパス)

「好きなことを学ぶ気持ちを大切にしてほしい」。講演する東工大池上彰特命教授(4月5日、大岡山キャンパス)

 これに通じるエピソードがあります。以前、欧米の大学を視察して意外な発見がありました。理系学生が熱心に芸術に親しんでいたことです。

 とりわけ米マサチューセッツ工科大(MIT)で聞いた「最先端科学はいずれ陳腐化する。すぐ役に立つことはすぐに役に立たなくなる」という発言は衝撃的でした。現代のように、経済情勢の変化や技術革新が著しいと、数年も先を見据えて特定の分野を学び、究めることは難しいのです。

 そこで注目されているのが「リベラルアーツ教育」と呼ばれる取り組みです。学生が専攻以外にも学びの領域を広げ、議論を深めながら、「自らの頭で考え抜く力」を養う狙いがあります。

 東工大では16年度から、すべての新入生が大学で学ぶことの意味を考え、議論する「立志プロジェクト」もスタートしています。

 もう一つ、研究を志す君たちに考えてほしい問題があります。日本が歩んだ高度成長の陰で水俣病など四大公害病という取り返しのつかない社会問題を生んでしまったことです。原因究明までには長い時間がかかりました。多くの被害者を出しただけでなく、今も健康被害に苦しんでいる人々は大勢います。

 解決が遅れた背景には、原因企業が非協力的だったり、ほかの原因を唱える大学教授が登場したりしたことも影響したでしょう。大学の知名度が、その判断に大きな影響を及ぼしたことは否定できません。しかし、そもそも公害を生み出した企業の社員は、その原因に気づいていなかったのでしょうか。

 将来、君たちの多くが企業や研究所などで働くでしょう。会社の利益か、それとも人としての良心か、問われる場面があるかもしれません。企業の不祥事はかたちを変えながら、いまも繰り返されてきました。決してひとごとではないのです。

 

講演後、新入生(右)の質問をきく東工大の池上彰特命教授(左奥)(4月5日、大岡山キャンパス)

講演後、新入生(右)の質問をきく東工大池上彰特命教授(左奥)(4月5日、大岡山キャンパス)

 新入生から寄せられた質問にも答えました。その一部を紹介します。

〈学生A〉 大学界では、「リベラルアーツ教育が大事」という流れになっていると思います。ブームに乗ることが大切なのか、その流れをどう見極めるべきでしょうか。

〈池上教授〉 時代の流れに疑問を持つということは、とても大切な問題提起だと思います。

 生き方や物事に対する姿勢に関して答えに迷ったときには、「人として正しい判断かどうか」という視点、30~40年たったときに「これで良かったのだ」と思える自らの生き方について一本の柱を持ってほしいと思います。

まず「自分は何をやりたいのか」を考えて

〈学生B〉 人にはブランドがないと安心できないという心があることも事実だと思います。先生はどうお考えですか。

〈池上教授〉 確かにブランドがないと不安ですね。よく「就社」か「就職」かといわれます。まずは、東工大で何を学び、その研究をどう進めるかという過程で有名企業に入ることもあるでしょう。あるいは起業するという選択肢もあります。「自分は何をやりたいのか」というスタンスを大事にしてほしいのです。

〈学生C〉 人間性の成長のためには読書ばかりでなく私が好きなアニメや漫画にもヒントがあるように思います。

 

いけがみ・あきら 東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)、「池上彰の18歳からの教養講座」(同)、「池上彰の世界はどこに向かうのか」(同)、「池上彰の未来を拓く君たちへ」(同)。長野県出身。67歳。

いけがみ・あきら 東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に「池上彰のやさしい経済学」(日本経済新聞出版社)、「池上彰の18歳からの教養講座」(同)、「池上彰の世界はどこに向かうのか」(同)、「池上彰の未来を拓く君たちへ」(同)。長野県出身。67歳。

〈池上教授〉 人生の教訓を学ぶため、小説を話題にすることが多いけれど、アニメや漫画にも大切な視点があると思います。「なぜこのキャラクターをつくったのか」「どうしてこんな人間関係があるのか」

 アニメの作者によるシナリオづくりの意図を読み取ることが大切ではないかと思います。そこに実際の人間社会の縮図が描かれていたり、作者自身の問題意識が凝縮されたりしている場合があるからです。

 君たちが自ら問いを立て、答えを求めて学ぶことは、道なき道を切り開いていく経験につながります。そこで鍛えた判断力が、やがて人生の岐路に立ったときに答えを出す糧になるはずです。