おいしい人生

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教養とは「知識×考える力」である

出口治明が語る「教養と日本の未来」(2)「人・本・旅」

●知識×考える力=教養


 昨今、「リベラルアーツが大事。やはり教養を身に付けなければいけない」といった声をよく聞くようになりました。では「教養」とは何でしょうか。講演では聴衆の皆さんに次の質問を投げ掛けます。「おいしいご飯とまずいご飯、どちらを食べたいですか?」

 全員、美味しいご飯に手が上がります。美味しいご飯を因数分解するとどうなるでしょう。いろいろな材料を集めて上手にクッキングすればおいしいご飯が食べられます。「いろいろな材料×上手に調理をする」ことでおいしいご飯になると思います。

 次にもう1問、質問します。「おいしい生活とまずい生活、どちらがいいですか?」

 「おいしい人生とまずい人生」と言い換えてもいいですが、これも全員おいしい人生と答えます。同様に因数分解したらどうなるでしょうか。いろいろな材料に匹敵するのがいろいろな知識だと思います。またクッキングに対応するのは、考える力だと思います。いろいろなことを知っていることに、自分の頭、言葉で考える力を掛け合わせると、おいしい生活、おいしい人生につながると思います。言い換えれば、「知識×考える力」が教養であり、あるいはイノベーションリテラシーといってもいいでしょう。


●製造業からサービス残業への日本社会の変化


 戦後の日本は、製造業の工場モデルが社会全般を引っ張ってきました。日本は見事に復興を果たしました。製造業の向上モデルで必要とされる人材はどういう人材でしょうか。それは、決められたことをきちんと守り、協調性が高く全体の空気を読み、黙々と長時間労働を厭わない労働者でした。なぜならば、製造業の工場モデルの付加価値の源泉は生産ラインにあるからです。

 生産ラインを止めてはいけません。例えばスティーブ・ジョブスのような人間が生産ラインの前に立ったらどうなるでしょうか。腕組みをして考え込み、生産ラインは止まってしまうでしょう。しかし、今やわが国の GDP を分析すると、製造業のウエイトは4分の1を割り込んでいます。サービス産業がこれからの経済を引っ張っていくことは疑いようがありません。


●「知識×考える力」がイノベーションになる


 サービス産業には生産ラインはありません。まさにジョブスのようにいろいろなことを考える人間が必要とされています。先ほど「知識×考える力」が教養であり、リテラシーであり、イノベーションであると話しました。一つの例を挙げます。

 5年ほど前、現在ではミシュランに載るほど人気のあるラーメン屋ができました。この店の売りはベジそば、つまり野菜そばです。人参のピューレにムール貝のスープで味をつけてあります。ラーメンも人参もムール貝も、珍しいものではありません。ほとんどの人が一度は食べたことがあるはずです。しかし、ラーメンと人参とムール貝を掛け合わせればおいしいラーメンができると考えた人はいなかったということです。このように、「知識×考える力」がイノベーションになり、おいしい生活になり、それが教養、リテラシーだと思います。


●「人・本・旅」で知識や考える力を身に付ける


 どうすれば知識や考える力が身に付くでしょうか。クッキングを考えてみてください。最初はレシピを見てその通り料理をします。もし辛ければ醤油を減らしたりするでしょう。まず真似をすることによって、自分なりの料理の方法を作っていくということです。考える力も同じで、先人の発想のパターンを真似するところから始めなければいけません。

 僕は「人・本・旅」と言っていますが、人間が賢くなるためにはいろいろな人に会い、多くの本を読み、さまざまな場所に出かけて自らを鍛えるしかないということです。知識を得るだけではなく、人や本やそれぞれの土地に住む人々から考え方のパターンや発想の型を学び、それを自ら修正していくことによって考える力が鍛えられるのです。

 これからの日本ですが、少子高齢化という面では世界の最先端を行っています。少子高齢化といえば悲観的に考える人が多いように思いますが、例えば秦の始皇帝が望んだのは不老長寿であり、その意味では日本は世界の理想郷の最先端であると考えることもできます。その際に必要となるのは、前例がない中、自分の力でさまざまなことを考え実行し社会を作ることです。まさに日本こそ、世界で一番スティーブ・ジョブスのような人間が要求されていると思います。